日本統治時代から、日本人や台湾人の従業員宿舎エリアの他にも、従業員の福利厚生や権利の配慮が各製糖株式会社内でなされてきました。花蓮製糖工場は日本統治時代は大和工場と呼ばれ、中では同様に保育所も併設されており、光復後も民国60年(1971年)まで使用されていました。
現在、啄木鳥レストランに委託しているこの建築は、建物の前半は早期の託児所、L字型の建築の長い部分は早期製糖工場のレクリエーションルームや図書室で、従業員の仕事終わりの憩いの場として重要な役割を果たしていました。
旧製糖工場託児所、レクリエーションルーム、図書室(現・啄木鳥レストラン)
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更新日期:7/2/2025 12:40:13 AM